アジアの平和連帯の構築を目指し訪韓 (2016.11.6~11.9)全州編

1-2全州市に心強いネットワークが

 訪問目的の最大行事が、月進会全州支部発足大会に同席し、金沢から連帯のメッセージを申し上げることだ。
7日黄郡守の心こもった昼食招宴の後、午後、つきっきりの趙キッドクさんの車で全州市に走った。月進会からは、李佑宰会長初め理事8人が同行した。

3 全州支部発足の準備はイム・スジン月進会理事。一昨年の訪問団で金沢を訪れ、その柔和な表情が印象に残っていた。全州市隣の郡議会議員、郡守を歴任された民主化の闘士だ。その求心力は余人をもって替え難いとのことだ。
 会場には、20人の初期会員が列席し、結成の趣旨、経緯がイム・スジン理事から報告された。38人の会員には、農民運動家、労働運動家、元全州市議員、現全州市議員など各界のリーダーが名を連ねている。

2 来賓の李佑宰月進会会長からは、「東北アジアの平和思想を尹奉吉の独立精神から汲み出し、国家間の戦争の危機を消していかねばならない。そのために、金沢、全州、禮山と、中国、モンゴル、ロシアを結ぶ平和運動を前進させよう。」と呼びかけられた。
 私からも、「日本社会の歴史認識の逆戻りが強まる中、暗葬之跡をも4つ金沢の責任は重いが、私たちの問題意識はともに活動する仲間に共有されている。月進会全州支部の発足に同席できた光栄に感謝し、心強く感じている。手を携え進みたい。」と挨拶させて頂いた。
5 規約確認後、年明けの総会で役員を決めて本格的に活動を開始する。来年の訪問団に加わってくるだろう。

6 晩餐は、金全州市議会議長の招宴。今年の金沢市議会への公式訪問時は、副議長で団長参加だった。再会を喜び、月進会全州支部への参加、今後の連携に努力する旨、挨拶を受けた。イム・スジン理事との繋がりも深いとのことだ。全州市議員との意思疎通に展望が開かれた。

 夜が深まり、韓屋村の飲食店街を散歩して、湘南門広場に差し掛かると、朴クネ大統領退陣要求の横断幕や風刺ポスターが目に入って来た。教会に民主主義の回復を求めるとの横断幕など民主化運動の拠点でもある全州市民の息遣いが伝わってきた。
 その後、全州支部のコアな面々と昔ながらの飲み屋で歓談。隣り合わせた老人と仲良くなって酒を酌み交わした。いろんな意味で記念的な良い一日になった。
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民主主義のメッカ全州市にて

12    7日は全州市に泊をとり、翌8日朝一番に全州市金ソンス市長を表敬した。市庁舎には、宋現全羅北道知事が市長時代に訪問して以来だ。
8 エントランスには、山出保元市長、山野現市長の顔写真が名誉市民として掲げられていた。姉妹提携の功績に敬意を表している。さらに新鮮なのは、記念的な日を迎えた一般市民100組の幸せな顔がエントランス壁面に掲示されてい10たことだ。通訳の孫職員によれば、金市長は福祉を重視し、三年前の就任早々行ったのは、生活に困っている児童に食事を提供することだったそうだ。

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5 市長室の廊下に差し掛かると、その金市長が駆け寄り、我々をフレンドリーに市長室に招き入れてくれた。
草花が好きという市長が栽培する花きを囲み、面談を始めた。

 

 
4    李佑宰月進会会長が、金沢の我々とやってきたいきさつを交え、全州支部発足の報告と協力要請を行った。金市長は、金沢で暗葬之跡を保存活動してきたことに謝意を表明された。そして、私に質問された。日本人である立場の者が、尹奉吉の歴史に関わるのは難しいのではないかと。
2 私は、日本の近代化は、アジアへの支配と侵略戦争の歴史であり、被害を受けた方々に歴史的責任を負っているとの認識を伝えた。不幸な歴史を再び招かないためには、歴史を学び、国を超えて歴史認識の共有に3努力したい。そのための歴史の共同研究や教科書研究を地道に重ねる必要があり、全州市とも共に取り組みたいと応じた。
 金市長は、痛く感動され、即座に物心両面から協力を惜しまないと返された。

 

 私たちは、朝鮮半島の植民地支配が、日本軍による東学農民革命戦争の鎮圧が端緒になったことを重視してきたと話すと、金市長は身を乗り出し、全州市を拠点に東学農民戦争の再評価の活動が始まっていると、東学農民戦争記念日の制定、記念公園開設などの具体的なスケジュールに言及された。
12 さらに、北海道大学で発見された農民戦争時の珍島の人骨が全州市博物館に保管、調査されていることも話された。こうして形式的ではない踏み込んだやり取りの後、市長室を辞した。
 午後から議会という忙しい中、玄関まで市長に見送られ、韓屋村とその人骨が保管されている全州市立博物館の視察に移った。観光産業課の孫職員が通訳として随行してくれた。

1-2 韓屋村は、李氏朝鮮の城内に建てられた古い家屋が建て替えが許されず、解放後も長い年月の間に不動産価値が下がり、放置されてきたという。その歴史文化的価値がようやく見直され、保存区に指定して整備が行われた。これには、姉妹都市金沢の町並み保存の取り組みが参考にされたと以前聞いた。
2 今では、居住家屋の間に、酒づくり資料館、工芸作家の工房、韓紙の工房、土産物店、喫茶店などが並び、年間1000万人近くが訪れる最大の観光地になった。我々は、イム・スジン理事の義妹が経営する高台の喫茶店を訪問し、韓屋村の眺望を楽しんだ。
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910 全州市立博物館では、普段は一般公開していないその人骨を直接見せて頂いた。黙礼の後、撮影が許された。よく見ると、東学農民戦争の死者である旨、頭蓋骨の後頭部に刻まれている。添えられた紙には珍島と書かれていたようだ。現在DNA鑑定が行われていて、解明されれば、大きな歴史的発見になるかも知れない。
11 東学農民戦争の展示フロアには、人骨解析から割り出された人物像が復元され14て展示されている。韓流ドラマの主人公を思わせる美男子だ。

 このように、王制権力の腐敗と日本軍侵略におびただしい血を流した下層農民。その闘いを市民の歴史意識の根底に据えようという文化運動が全州市を拠点に前進している。尹奉吉の独立運動は、農村復興運動から始まったことを改めて思い起こす。今日も、充実した出会いの一日だ。
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