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森一敏
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 6度目の訪中調査から
 2005年11月2日〜6日

 あの戦争末期に石川県の七尾港に強制連行された馬得志さんら4人の中国人生存者が、国と七尾海陸運送を相手に謝罪と損害賠償を求めて、昨年7月19日、金沢地方裁判所に裁判を起こしました。ご存知の方もいらっしゃるでしょう。第1回弁論が既に11月28日に開かれ、原告の一人、朱安国さんが法廷で自らの体験と思いを意見陳述しています。私自身も、この問題を調査するメンバーとしておじいちゃんたちと10年来のおつきあいがありますし、訴訟を支援しています。

 さて、私自身6度目となる今回の訪中調査では、河南省の農村上蔡県の村で、弁護士さんと共に王徳功さん、劉老貴さんという新たな生存者と初めてお会いし、当時の体験を聞き取りました。また、王さんの自宅を訪問し、帰国後の苦労を共にしてきたお連れ合いにもお目にかかりました。村人も出迎えての歓迎を受けました。60年間つつましく暮らしてこられた様子がよく想像される訪問でした。

1944年11月から翌年の敗戦にかけて、七尾港に合わせて399人もの中国人が労工として拉致連行され、荷役労働に従事させられていました。政府が業界と一体となって、閣議決定による国策として中国人の移入を推し進めたのです。過酷極まりない重労働に加え、暴力的な虐待、劣悪な宿舎環境、粗末な食事、不衛生な生活によって多くが病に倒れ、命を奪われました。1年足らずの間に、死者15人、64人の失明者を含む眼病307人、皮膚病179人を出すなど、悲惨な数字がそれらを物語っています。また、生還しても、家族を失ったり、後遺症のため十分働けないことなどが原因で苦難の人生を歩まねばなりませんでした。

 「人権の世紀」、「アジアの時代」に踏み出そうとする21世紀にあって、当時の国と当該企業が犯した戦時国際法にも違反する戦争犯罪に対し、自己正当化は許されません。日中間の政治は今冷え切っていますが、両国民衆にとっての平和の砦は、何と言っても普通の人々同志の相互理解と友好交流にあります。金沢市も姉妹都市蘇州市と交流を深めています。日本の市民自身の手によって歴史の闇に光を当て、真の人間の絆を築く事業に貢献したいと考えています。



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