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森一敏
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 2004年9月定例会 質問の全文

1.質問の第1は、地方六団体の「国庫補助負担金等に関する改革案」についてです。
 山出市長は今議会での答弁の中で、義務教育における国と地方の役割分担のありかたにかねてから疑問を感じていた、国は目標など基本を定め、カリキュラムや教育の実施に関わる細かなことは地方や学校に委せるべきである、お金のことは議論の一部に過ぎないと述べておられます。私は、戦後教育は本来的に地域に根ざした分権でなければならず、教育課程の編成はもちろん、授業内容・方法は学校が責任を持って決定し実践すべきものであると考えてきました。それゆえに、それが歪められ、国庫負担制度を楯に国が教育の内容にまで介入し、過剰に縛りをかけてきたことに強い疑問を感じてきた者の一人です。市長の問題認識には共鳴するところが少なくありません。
 しかしながら、お金の問題もまた重要です。1950年からの3年間、シャウプ勧告に基づき義務教育費を一般財源化した際に、教育水準の地域間格差、保護者負担の高まり、質の低下などを招いた歴史的経験、またイギリスブレア政権の教育再興政策が、80年代から90年代にいたる国庫負担削減による公教育の荒廃を教訓としていることを申し上げておかねばなりません。これまでの市長の答弁では、義務教育費国庫負担制度の根幹堅持を求める多くの意見が表明する不安をいかに払拭できるのか先が見えないのです。
 要は、大綱的基準として学習指導要領を厳選縮小するなど四権分流とも呼ぶべき教育の独立性と地方の自主性を尊重した上で、義務教育費国庫負担制度は、公教育として全国格差無き教育水準の確保に国・地方が財政面から共同責任を負うシステムとして再定義することです。私は、ナショナルミニマムを維持し、その上で自治体がプラスアルファを加えて教育の分権・自治を進展することこそ、憲法上の責務に応えうる地方分権推進の道であると考えます。その意味から改革案に義務教育費国庫負担金削減を盛り込んだことには必然性が感じられず、単なる数字合わせとの批判も頷けるものがあるのです。そこで、改めて全国市長会長たる山出市長に以下について見解をお聞きします。
(1)まず、財政の自由度を高めようとする改革案に、使途の性格上自由度の低い義務教育費国庫負担金を盛り込んだことは、本来の趣旨とは合致しないのではないですか。  
(2)また、改革案には税源委譲の対象にしないものとして、社会保障関係で格差なく、国による統一的な措置が望まれるものを挙げています。義務教育費がなぜ廃止対象になるのか、整合性に欠けるのではありませんか。
(3)3点目に、再三意見書が採択されてきた本議会での経過の重みは十分認識されておられると思いますが、中核市への人事権委譲に備える本市として、教育条件の水準確保は将来的な重要課題です。市長は将来展望をどのように描いておられるのでしょうか。
(4)この際、教育委員長にも今改革案に対する所感をお尋ねしておきます。

2.第2の質問は、通学区域弾力化の検討についてです。
 昨年6月の議会答弁で石原教育長は、学校選択の意義に、特色ある学校づくりを通じた学校の活性化、選択肢を広げ保護者のニーズに応えるを挙げています。県内教育委員会セミナーで講演した若月品川区教育長も、教職員の意識を変える手段であり、選ばれる環境に置かれることが学校教育の質の向上につながると力説されたようです。
 ところで、選択制導入が流れとなって5年を迎えた東京では、その実態を冷静に見つめようとする慎重な姿勢も生まれ、3区が導入しない方向を明確にしました。その一つ世田谷区長は、「地域で生まれ、学び、育まれることで郷土愛が生まれ、それが地域に根ざした子どもの育成とまちづくりにつながる。他校との競争で学校づくりをするのではなく、選択しなくても、子どもが通える一番近い学校で良い教育が受けられるようにする。」と述べています。東京の地元紙では、子ども・保護者の選択動機が必ずしも学校の特色ではなく、受験学力や学校設備の充実、「荒れ」がないが上位を占めていること、刺激を受け、教職員の意識が変わったとの評価の一方で、営業活動に追われて地道な教育実践に手が回らないという現場の声を伝えています。他にも、学校の序列化、不公平感、差別の助長を懸念する大阪市教委、地域で子どもを育てる課題に逆行すると名古屋市教委も導入は全く検討していないとしています。子どもたちの深刻な状況を前に、大都市圏において地域に根ざした教育、子育てと一体になったまちづくりが見直されてきているのです。
 他会派の議員の方々も指摘されてきたように、ここ金沢では固有の地域コミュニティに根ざした子ども会活動が活発に行われてきましたし、地域の次代の担い手として中学生を育てようと熱心なボランティアの方々が子どもたちと関わっておられます。中学生がさらに地域から消えていくことが危惧されます。また、仮に学校選択を中学校に限定しても、教育の連続性がある以上、小学生と地域との関わりにも影響が現れてくることは必至でしょう。金沢らしさに逆行する制度改定になりはしないでしょうか。
 いずれにしても、学校選択につながる通学区域の弾力化は、義務制の学校教育のありかたの根幹に関わり、子どもたちの教育を受ける権利、ひいては地域そのものに大きく影響する問題です。「一体誰のために、誰がどこで決めとるがいや。」金沢教育モデルを評して最近巷で聞かれる声です。今議会では、教育改革国民会議やコミュニティスクール構想との関連も議論に上っています。いわゆる東京の空から降ってきた話です。通学区域の弾力化は市教委の権限事項とは言え、拙速・独断のそしりを招かないよう、そして何より主体である子どものこと、教育を支える地域住民のことが置いていかれないよう慎重に対応すべきと考えます。教育長にお尋ねします。
(1)導入を前提として庁内検討、通学区域審議会へとスケジュールをすすめることは取りやめるべきと考えます。教育長の見解を求めます。
(2)また、学校現場、保護者ばかりでなく、社会教育関係者、少連関係者、或いは地域で教育に関心を寄せる様々な方々の広範な意見に耳を傾ける必要があると考えます。庁内検討にあっても、年度内には拘らず、各小学校区単位で誰もが参加できる公聴会を開催するなど、市民に議論の場を提供するべきです。併せて見解を求めます。

3.第3は、非行・被害防止講座における不適切発言問題についてお尋ねします。
 去る8月27日地元紙において、県教委が主催し、市内小学校の保護者を対象とする「非行・被害防止講座」の席上、県警職員が「外国人による凶悪犯罪が増加している」などと外国人差別と受け取れる発言を行っていたとして、国際人権団体アムネスティ金沢が申し入れを行ったとの報道がありました。実際に聴講した複数の参加者は、その発言から殊更外国人を危険視するかのような印象を受けたと述べています。
 外国人による犯罪については、急増し、凶悪化しているとする報道がなされる一方、その報道が以下の点で事実を正確に伝えておらず、客観性に問題があると指摘されています。第1に、外国人犯罪が増えているのは超過滞在などの出入国管理法違反であって、刑法犯検挙数が激増しているわけではない、第2に日本全体の刑法犯検挙人数に締める外国人の割合は、この10年間ほとんど変化が無く、ここ数年は2%前後で推移している。
治安悪化の要因を外国人のせいにすることは、人権・国籍などを理由とする偏見と差別を助長するもので、人種差別撤廃条約に規定される公的機関による差別の助長・扇動の禁止に触れるものとアムネスティは指摘しています。あの関東大震災時、警察官のデマが流言飛語となって6000人の朝鮮人虐殺事件へと結びついていった歴史を思い起こします。治安対策の第一線に立つ警察官が予断と偏見に基づいて行動することは、厳に戒めなければなりません。
 アムネスティの申し入れに対し、県警側は発言の一部を認めたものの、「人権には十分配慮している。誤解されたなら残念。」と答えています。仮に件数増加の事実があったとしても、外国人を一括りに取り出し、治安悪化の主要因であるかのように印象づける言動が、外国人の方々をどんな気持ちにさせるでしょうか。そこに思いを致さないところに、差別問題に共通する認識の薄さを感じるのです。そうした認識のまま今後も講話が継続されるとなれば、子どもたちを含めて地域社会に外国人一般を危険視する偏見が浸透し、国際化時代の多民族多文化共生社会の進展を妨げることにもなりかねません。よって以下の点について関係当局にお尋ねします。
(1)まず、少年非行の防止と家庭への啓発・支援を趣旨とする教育委員会主催の講座において、その趣旨から逸脱し、偏見を助長しかねない不適切な発言がなされた事実に対し、市教委としてどのように受け止めておられるのか、教育長にお答え願います。
(2)次に、外国人に対する差別偏見の払拭は、21世紀の大きな人権・同和課題であると認識しますが、国連人権教育10年の最中、人権同和対策室として今回の発言問題をどう受け止め、教訓として人権・同和施策に反映していくおつもりかお聞きします。

4.質問の第4は、洪水防災対策に関してです。
 今夏の全国各地における洪水災害の多発については、今議会でも多く取り上げられてきたところです。被災された多くの方々には、衷心よりお見舞いを申し上げますと共に、救援出動された本市関係職員のご苦労にねぎらいを申し上げます。
 さて、私は、犀川水系における洪水対策の中から、一点ポイントを絞ってお伺いします。犀川水系における洪水対策としては、長く辰巳ダム建設の是非をめぐる問題が論議されてきました。近く策定と聞く河川整備計画の中核である辰巳ダムの建設に関しては、別の機会に取り上げたいと思いますが、その論議の過程で、既存の洪水防止施設で一番の弱点が、鞍月用水堰付近の城南1丁目地点であることが市民の調査研究により問題提起されました。具体的には、鞍月用水堰から上流側雪見橋まの区間、堤防が民家に接している右岸に於いては2メートル、左岸に於いても1メートル国の基準より低い上、私自身も確認してきましたが、提頂幅も箇所によっては基準の4メートルにほど遠く、アスファルト、コンクリートが剥がれるなど老朽化した状態にあります。しかも、県土木部長が県議会答弁で鞍月用水付近の流下能力が毎秒500立方メートルとのべており、いわゆる100年確率の大雨が降った場合、県が示す基準点犀川大橋地点での計画高水1230立方メートルの水がその上流である鞍月用水堰付近で730立方メートルもあふれ、城南1丁目地内はもちろん、片町、香林坊など中心部が大きな水害に巻き込まれると想定されるのです。県側のデータが示すように、仮に辰巳ダムを建設しても低減できる流下水量は230立方メートルですから、何より優先すべきは鞍月用水堰付近の流下能力を高めることなのです。
 そうした指摘を受けてのことか、県は今年度の水防計画に新たに城南1丁目右岸500メートルの区間を危険評価基準「A」ランクとして追加した他、流下能力を高める対策を検討していると聞きます。福井市足羽川の堤防決壊では、住民の予備知識の不足や警報の聞き取り難さが相俟って対応が遅れたと言われます。ハード・ソフト両面での県市連携した水防対策が早急に求められていることは論を待ちません。そこでお尋ねします。
(1)まず、県はどのような対策を検討しているのでしょうか。
(2)次に、県が講じる対策に対応し、水防管理団体である金沢市は、当該地区住民に対し、どのような防災上の対策をとられるのでしょうか。
(3)また、予想外の堤防の決壊が深刻な浸水被害を招いた他県の教訓に学び、既存堤防の総点検が行われる必要があります。県に於いて計画は具体化されているのでしょうか。併せてお聞きします。

5.公共交通対策について
 本市に於いては、マイカーの総量抑制、公共交通を軸にした新都市交通システムの構築にむけて検討が重ねられているところですが、先般バス運行事業者から、全市的な視野から特に二つの地点での交通対策を求める声が上がっています。その第1は、武蔵が辻方向から右折する駅前中央交差点の中央車線が、右折後内灘方向に左折しようとする車で朝夕渋滞を来していること。第2は、加賀方面からのしおさい道路の供用に伴って通行車量が増え、専光寺野田線佐奇森西交差点から海浜公園口交差点間が二車線しかないことから、やはり渋滞を引き起こしていることです。この地点は冬吹きさらしの上り坂となっており、凍結によるスリップの危険が高い場所でもあります。これら、バスダイヤ通りの運行、乗客の利便性、安全性に影響が出ている状況に鑑み、県警とも連携を図り、実情把握の上、駅前中央交差点では中央車線のバスレーン化、佐奇森西交差点から海浜公園口交差点の区間への融雪装置設置並びに海浜公園口交差点の三車線化などの対策を講じられることを要望します。関係当局の見解をお聞きします。

6.質問の最後は、敗戦60周年を迎える金沢市の平和施策についてです。
 来年2005年は、敗戦から60周年、10年刻みの節目を迎えます。加えて本市が非核・平和都市宣言を採択してから20周年の節目でもあります。自衛隊派遣により我が国も深く関与する中、イラク情勢は未だ出口の見えない混沌とした状況にあります。こうした21世紀初頭にあって、地方が非戦と平和を求める市民の声を世界に発していくことは極めて重要なことです。そこでお伺いします。
(1)戦争展、平和映画祭、音楽祭、体験証言会、シンポジュウムなど、本市に於いても宣言節目の具現化事業として、市当局が庁内連携の下、多様な市民団体等に呼びかけ、外国人市民も含めて市民参加の実行委員会方式で展開する記念イヴェント、例えば仮称「戦後60周年・非核平和都市宣言20周年記念ピースマンスリー」といったものを開催してはどうでしょう。既に来年度に向けての企画が構想されているのかも含めてお尋ねします。
(2)最後に、今夏、子を持つ保護者や地域の市民の方から昨年来学校採用がなくなった「夏休み帳」を惜しむ声を多く聞きました。夏休みの貴重な時間に、家族で戦争体験を聞いたり、話題にするきっかけを与えてくれた。自然に親しむ、物づくりなど多彩な活動が紹介されており、親子の絆を深めてくれた。とりわけ、昨今の「子育て外注化」への有意義なアンチテーゼであるといった評価の声は、「夏休み帳」の意義を再認識させてくれるものでした。そうした教育を受けとる側の思いが尊重される学校の副教材採用であってほしいと思いますが、教育長の見解をお伺いして私の質問を終わらせて頂きます。



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