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森一敏
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 07韓国禮山郡訪問報告
    〔2007年4月27日〜4月30日〕

 4月の統一自治体選挙を支援者の大きな力で勝ち抜き、危ぶまれた韓国訪問を今年も実現することができました。今年で生誕99年になる韓国独立運動の英雄、尹奉吉(ユン・ボンギル)義士が、1932年4月29日、上海虹口(ホンキュウ)公園で、日本陸軍首脳に対して爆弾を投じた「上海天長節爆弾事件」(韓国ではこれを「義挙」と呼ぶ)の記念日。生地禮山郡月進会の招きで、5度目、通算7度目の訪韓となりました。
 近代史における植民地支配の日韓・日朝間の植民地支配の歴史にアジア同胞の視点から向き合うこと、真の和解と東アジア非戦平和地域を構想して、自治体平和外交を推し進めること。ライフワークとして、二期目の議員活動で一層取り組んでいきたい。

 03年10月の初訪韓昨年の訪韓から禮山郡守、趙議員の来沢06年4月の太鼓文化交流訪問と続く一連の交流については、既にこのサイト上で報告してきました。

 今年の禮山郡訪問は、平田誠一議長がどうしても日程の都合がつかず、参加できませんでしたが、新たに若林昭夫県議会議員、金沢を中心に全国各地にメンバーを持つチャンググループ「ハンヌリ」を伴っての訪問となりました。3泊4日のタイトな訪問でした。私は、事務局として選挙戦を前後して朴さんと連携しながら何とかスケジュールを組み立てることにこぎ着けました。
  訪問団は、団長 盛本芳久県議、若林昭夫県議、田村光彰北陸大学教授、翫正敏顕揚会会長、パク・インジョ顕揚会副会長、チャンググループ「ハンヌリ」の6人、そして、私森 一敏の12人でした。
  主な日程は次の通りです。
4月27日(金)午後 小松空港発 大韓航空便 ソウル特別市仁川(インチョン)空港着禮山郡バスにて一路、禮山郡徳山温泉ホテルへ
          夜  尹圭相月進会会長の出迎え受ける。82才でなお健在
4月28日(土)午前 朝食後、修得寺、建築資料館を参観
禮山在住の小川てるよさんが添乗
 
         午後 新設のロッテホテルで昼食。半年ぶりで李光壽民族音楽院院長、崔銀淑夫人と再会
練習にはいる「ハンヌリ」を除き、百済古墳のまち公州を参観
          夜 前夜祭文化祭典 フィリピン、アフリカの音楽集団も参加
「ハンヌリ」が日本のチャングと紹介され、拍手を浴びる
緊張の第一回演奏終了。
        深夜 前夜祭終了後、会場近くの焼肉店で打ち上げ
民族音楽院のメンバー達とも再会
尹圭相月進会会長、李光壽院長に
百万石祭り来沢の際、地震被災地輪島での慰問公演を要請 快諾
4月29日(日)午前 忠義祠で祭享参列
本部行事で盛本県議が代表あいさつ
顕揚会の翫正敏さん、朴仁祚さんの功績を称え、表彰

文化祭典 太鼓音楽競演(第2ステージ)
        午後 天安市の独立記念館参観
禮山郊外の開発地区のスーパーで土産買い物
          夜 禮山郡崔郡守主催の歓迎宴
李光壽夫妻が二次会を招待
4月30日(月) 午前 禮山郡からバスで仁川国際空港へ
小松空港に到着帰国
 
 来年にユン・ボンギル義士生誕百年を控え、義挙75周年を迎えた今年の禮山郡の記念行事は、運営組織で月進会が前面に出ていました。本部行事では、永年野田山の暗葬跡地の整備や法要を執り行ってこられた翫正敏顕揚会会長、パク・インジョ顕揚会副会長に功労者表彰が行われました。
 尹圭相会長はまだまだご健在で、グローバルな平和を展望して、記念行事も国際色を拡大していました。中国、我々日本に加え、モンゴルの歌手、フィリピン人の合唱、アフリカの青年たちによるアフリカンミュージックも舞台に上がりました。





昨年は、和太鼓の「鼓民」が参加し、演奏と共に、ベースとなる歴史認識の表明が大きな評判を呼びました。今回も会長から参加の要請がありましたが、残念ながら日程の調整ができず、不参加となりました。しかし、替わって昨年の李光壽民族音楽院の来沢を期につながりができた、金沢を中心に活動する日本のチャンググループ「ハンヌリ」が同行して、本場で演奏を披露しました。韓国文化の日本での拡がりと文化交流を通じた友好の深まりを象徴するものとして、位置づけることができました。「ハンヌリ」の演奏に浮かれて、オモニ(おばあさん)たちが舞台下まで出てきて、踊り回る姿が象徴的でした。

 また、今回の訪韓は、尹圭相会長並びに李光壽院長に、去る3月の能登半島地震で大きな被害を受けた輪島市門前での慰問公演をお願いする目的もありました。昨年10月に観光に総持寺を案内した経緯がありました。祭享前夜祭の文化祭典が終了した深夜の交流会の席で、李光壽院長は即座に慰問公演を承諾されました。半年ぶりの民族音楽院の演奏家たちとの再会でしたが、旧知の友のようなうち解けたあいさつを交わすことができました。世界的なサムルノリ演奏集団なのに、そんな気取りは一つもなく、人なつっこくフレンドリーな青年たちなのです。「ハンヌリ」のメンバーたちも再会に感動していました。

 では、以下、07訪韓の一こまをお伝えしていきます。
初訪問の若林昭夫県議とユン・ボンギルと共に歩む会会長の田村光彰さん。ソウルから禮山途中のサービスエリアで夕食。(4月27日) 禮山郡の田園風景(28日朝) 修徳寺の見学。山門を上がる
山門の仁王たち 修得寺にて朴さん、盛本、若林両県議と。 何の祭りだったか、韓国らしい原色のぼんぼりが下がる境内に、歴史を感じさせる遺構が。
大雄殿でお勤めをする僧侶たち 一行 建築博物館前にて
今年も駆け足になった天安市にある独立記念館 前夜祭の文化祭典オープニング。地元の合唱団の皆さん ハンヌリの初舞台が始まる
調子を上げる 熱がこもる 喝采を浴びて終演
今年もコラボは盛本県議の尺八演奏から エネルギッシュな演奏で会場を沸かせたアフリカ青年たち いつも陽気なキム・ジョンレイさん。韓国舞踊家の本領発揮で、幻想的な舞台を披露
民族音楽院登場 コラボレーション全開! 民族音楽院もステージ下に繰り出して、聴衆も参加の大団円
踊りの輪がふくらんで最高潮に 華やかな花火が前夜祭の終幕を告げる 29日祭享 ノ・ムヒョン大統領の献花
忠義祠で義挙75周年祭享 翫正敏顕揚会会長が読経 今年も滞在中お世話になった和服姿の小川さんと若林県議
文化祭典会場で本部行事開催。韓国式葬列にユン・ボンギルの肖像 尹圭相月進会会長の主催者あいさつ 団を代表して盛本県議が日韓の恒久平和を誓うスピーチ
崔郡守から永年の功績を称えて功労者表彰を受ける朴さん、翫正敏顕揚会会長 小川さんも功労者表彰受ける 確か隣は次期大統領候補の呼び声高い元ソウル市長ではなかったか 文化祭典二日目の演奏を前に、ハンヌリの自己紹介をするリーダーの北嶋由記さん
朴さんたちメンバーが増え、第2ステージに臨む「ハンヌリ」 同左 地元の女性が「ハンヌリ」のチャングに踊り出す
アフリカの青年たちも、舞台から降りて、聴衆と交流へ! 私も、いつの間にか地元の皆さんと一緒に踊り出していました!(撮影は、崔銀淑李光壽夫人) 「ハンヌリ」も絶好調!!
李光壽院長のケンガリに乗って、民族音楽院のメンバーとも輪になって 成功を祝福! 「ハンヌリ」の皆さんと記念撮影
   (撮影は、崔銀淑李光壽夫人)
崔禮山郡守招待の夕食会で郡守あいさつ 李光壽院長とは、金沢での再会を約束しました。


                          【パク・インジョさん撮影・提供】

 パク・インジョさんが丹精込めてここまで創り上げられた野田山ユン・ボンギル暗葬跡地の紀念碑。他にモデルはないという。パクさんは、敗戦直後、在日としての自らのアイデンティティをかけて、遺体の発掘、祖国への送還にかかわり、今日、一層の民族的なユン・ボンギルへの愛情に支えられて、かつては踏みつけられていたこの聖地を守ることに文字通り命を賭ける。私たち日本人にとってのユン・ボンギルの存在とはなにか。、彼を「義挙」にかりたてた歴史の背景、未だにアジアを蔑視をやめず、戦争協力も辞さない対米礼賛・従属を深める政治権力が大手を振る日本において、私は、自分自身の問題として、その問いにこだわり続けなければならないと思っています。本当の日本人としての誇りというものがあるなら、それは、民族の垣根を飛び越え、世界市民として生きる一民族中の一人という自覚から共に痛みを感じ、共に生きようと行動する生き様にこそあると考えて。文化交流という舞台にたって、温かな、熱い肌のぬくもりを通じて、アジアの同胞という感覚を体内に宿すことができたように思います。今年も訪問に関わったすべての方々に厚く感謝を申し上げます。 (07.7.17記)

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